アートとは伝え方の研究開発である

2026年8月17日公開

アートとは伝え方の研究開発である

1. アニメキャラクターの大きな目は、人に何を見せているのか

アニメキャラクターの目は、現実の人間の目よりはるかに大きく描かれることがあります。目が顔の高さの3分の1ほどを占める絵柄も珍しくありません。それでも人は、そこに1人の人物を見いだし、視線の向きや感情の揺れまで読み取ります。
本記事では、大きな目が表現の幅をどう広げるかを足掛かりに、作品と受け手が互いを変える仕組みを考えます。人は作品に触れる中で表現の読み方を覚えます。その読み方は、作品について語り、模倣し、作る中で次の作品に受け継がれ、新しい作品によってまた変わります。作品は、すでに共有された読み方を使って何かを伝えるだけでなく、その読み方自体を試し、変えることがあります。こうした働きに注目し、アートを「伝え方の研究開発」として捉えます。さらに、この見方を生成AIによる制作に当てはめ、案を形にする手間が減ったとき、創作のどこに時間と判断が必要になるのかを考えます。
出発点は、人が顔から表情を読み取るときの傾向です。人は顔全体の情報を使いながら、目や口を含む一部の変化を重要な手掛かりにしています
実写の顔写真を使った実験では、悲しみや恐怖では目の周辺、喜びや嫌悪では口の周辺が判断の手掛かりになりやすいなど、感情によって役立つ部分が違うことが報告されています[18]。視線を向ける場所も、課題、写真、観察者によって異なり、最初の視線は目そのものより顔の中心付近へ向かうという報告があります[19]。研究から言えるのは、目だけを見ているのではなく、目や口を含む一部の変化が感情や様子を捉える手掛かりになるということです。これらは実写の顔写真を使った研究であり、アニメの顔で同じ結果になるかは直接調べていません。なお、乳児が顔らしい図形を好んで見る研究は、顔全体への関心を示しているだけの場合があるため、目を大きく描くことの根拠には使いません。
  1. [18] Martin Wegrzyn, Maria Vogt, Berna Kireclioglu, Julia Schneider, Johanna Kissler, "Mapping the Emotional Face. How Individual Face Parts Contribute to Successful Emotion Recognition," PLOS ONE 12(5), e0177239, 2017. (表情認識における目・口の部位別の寄与)
  2. [19] Markus Bindemann, Christoph Scheepers, A. Mike Burton, "Viewpoint and Center of Gravity Affect Eye Movements to Human Faces," Journal of Vision 9(2), 7:1―16, 2009. (顔を見るときの視線の分布。最初の視線が顔の中心付近へ向かうこと)
この観点から、大きな目を、表情の細かな変化を見せやすい表現として捉えます。面積が広いぶん、瞳の向き、ハイライト、まぶたの開き具合、涙のにじみなどを大きく描き分けられます。現実の目の形からは離れる一方で、感情に関わる視覚的な手掛かりを目立たせることができるのです。
目が大きく描かれるようになった背景には、絵柄の系譜、かわいらしさ、人物の年齢表現、制作上の制約など複数の要因が関わっています。ここでは起源を1つに求めず、現在の描き方が鑑賞者の知覚や感情にどう作用するかに注目します。画面上の面積の使い方から、大きな目には表情に関わる細部を描き分けやすいという働きがあると考えていますが、これは目が大きいほど感情を正確に見分けられることを直接確かめた実験に基づくものではありません。実際のアニメーションでは、頭部の動き、眉、口、声、間、カメラワークも感情を伝えるため、目だけでは説明できません。関連する研究には、顔の形状や色を誇張したカリカチュアが、既知・未知の顔に見覚えがあるかどうかの判断に与える影響を調べたものがあります[20]。促進効果が明確だったのは、形状を誇張した未知の顔についての判断です。これは感情の読み取りを測った研究ではなく、実写を基にした顔の研究であるため、アニメの大きな目そのものの効果を示すものでもありません。
  1. [20] Marlena L. Itz, Stefan R. Schweinberger, Jürgen M. Kaufmann, "Effects of Caricaturing in Shape or Color on Familiarity Decisions for Familiar and Unfamiliar Faces," PLOS ONE 11(2), e0149796, 2016. (形状・色のカリカチュアが、既知・未知の顔に見覚えがあるかどうかの判断に与える効果)
大きな目では、ハイライトのような細部の変化も目立ちます。たとえば、目の輪郭を変えずにハイライトを消すだけで、それまでの生気が突然失われたように見えることがあります(図1)。現実の目では、照明条件、顔の向き、見る位置によってハイライトの見え方が変わります。一方、アニメでは、そうした物理的な変化とは別にハイライトだけを消し、感情表現の手掛かりにできます。
ハイライトは本来、光の反射を描く表現です。消えたときに何を感じるかは、作品の文脈や場面、瞳の色、まぶたや口元の表情、音声との組み合わせで変わり、「消失=絶望」のような固定の対応があるわけではありません。ここで重要なのは意味を1つに決めることではなく、目を大きくすることで、ハイライトのような細かな描き込みが見分けやすい手掛かりとなり、感情表現に使えるという仕組みです。この段落の説明は、ハイライトの有無だけを変えた知覚実験に基づくものではなく、絵の描かれ方に基づく解釈です。
同じアニメキャラクターの顔を左右に並べた比較。左の大きな青い目には白いハイライトがあり、右では両目の白いハイライトがなく、瞳が暗く見える。
図1:大きな目とハイライトの有無 左はいもすちゃんの元のイラスト、右は両目のハイライトを消した例です。アニメキャラクターの顔では目が大きな面積を占めるため、ハイライトを消した右のイラストは、左と比べてはっきりと暗い印象になります。
大きな目から見えてくるのは、写実性を下げても、伝えられる情報が必ずしも減るわけではないということです。アニメは肌の質感を省く一方で、目を誇張し、現実には存在しない線や記号を追加しています。省略・誇張・追加によって、受け手が読み取れる手掛かりの構成は変わります。何を省き、強め、加えるかは、作品の目的と想定する受け手によって変わります。漫画の線や記号も、組み合わせの規則を持つ視覚言語の語彙として研究されています[1, 2, 3]。
この仕組みは、人物の目に限りません。現実にはないものを追加する例としてもっとも分かりやすいのが、漫画のスピード線です。静止画に数本の線を添えただけで、人物や物が動いているように見えます(図2)。スピード線の読み取り方は、漫画を読んできた経験とも関係します
この実験では、通常の向きのスピード線を添えた漫画のコマ、線のないコマ、逆向きのスピード線を添えたコマを比べました。閲覧時間は通常の線がもっとも短く、線なし、逆向きの線の順に長くなり、脳波にも違いが見られました。漫画を読んできた経験との関係は指標ごとに異なります。閲覧時間では、経験が多いほど逆向きの線を長く見る傾向がありました。脳波では、線なしと通常の線の差は経験が少ないほど大きい傾向があった一方、逆向きの線と線なしの差は経験が多いほど大きくなりました。著者らは、この線を生物学的な視覚に直結したものではなく、経験を通じて身に付く表現上の決まりと捉えています[21]。なお「効果線」は広い総称で、この研究が直接調べたのは、動く人物や物に添えるスピード線です。集中線など、ほかの効果線まで同じ結果になると示した研究ではありません。図2は線の有無による見え方の違いを説明するために作成した例であり、研究で使われた刺激の再現ではありません。
  1. [21] Neil Cohn, Stephen Maher, "The Notion of the Motion: The Neurocognition of Motion Lines in Visual Narratives," Brain Research 1601, 73―84, 2015. (スピード線を見たときの反応と、漫画の読書経験による違い)
右向きの同じ車を2つ並べた白黒漫画風の比較。左では車体の後方に4本のスピード線があり、右には線がない。
図2:スピード線の有無 生成AIで作った車の画像を複製して2つのコマに置き、左だけにスピード線を加えた説明用の比較です。左は走っているように見え、右は静止しているように見えます。
人は絵を見るとき、顔から表情を読み取る知覚の傾向だけでなく、作品に触れるうちに覚えた表現上の決まりも使っています。ここまでをまとめると、大きな目は顔の変化を手掛かりにする知覚を利用する表現として、スピード線は漫画を読む経験とも関わる表現として説明できます。ハイライトには、目の細かな変化が見分けやすいことと、作品から学んだ約束事の両方が関わっています。それぞれ、知覚と学習の組み合わせ方が異なるのです。
表現を受け取る働きは、「生まれつきか、文化から学ぶか」のどちらか一方には割り切れません。発達、経験、媒体、場面が互いに影響し合うためです。本文の整理は、大きな目やハイライトを単独で比較した実験結果ではなく、顔を見るときの傾向と漫画のスピード線についての研究を、作品の形に当てはめた説明です。大きな目は顔を見るときの傾向を利用しつつ、どの大きさや描き方を自然だと感じるかは、絵柄への慣れによっても変わります。
大きな目やスピード線が示すように、表現は作る側から受け取る側へ意味を一方向に運ぶだけのものではありません。作品は受け手がすでに持っている読み方を使いながら、その読み方も少しずつ変えていきます。では、完成したメッセージの受け渡しではないのなら、作品は何をどう「伝えて」いるのでしょうか。

2. 作品の意味は、作品と受け手の関係から生まれる

素直に考えると、「作者が作品に意味を込め、鑑賞者がそれを取り出す」という意味の受け渡しモデルが思い浮かびます。標識や説明文なら、この考え方でおおむね事足ります。しかしアートでは、同じ手掛かりからも、前後の文脈や受け手の経験に応じて異なる意味や感情が生まれます。作品は、完成した意味を運ぶだけの容器ではなく、受け手の中に意味や感情を生むきっかけにもなります。
「作者 → 作品 → 鑑賞者」という一方向の通信モデルは、標識、案内文、取扱説明書のように、明確なメッセージを伝える場合にはよく当てはまります。しかしアート全体に広げると、制作の途中で見つかる意味、言葉に置き換えられない経験、鑑賞者ごとの連想を捉えきれません。読者が作品の空所を補いながら意味を形にするという受容美学や、作品が複数の受け取り方に開かれているとする議論が背景にあります[22, 23]。図3は、それらをそのまま再現したものではなく、媒体、鑑賞者の状態、文化的な知識まで含め、複数の観点を組み合わせて整理したものです。
  1. [22] Wolfgang Iser, "The Act of Reading: A Theory of Aesthetic Response," Johns Hopkins University Press, 1978. (テクストの空所と読者による補完)
  2. [23] Umberto Eco, "The Open Work," Harvard University Press (English translation, 1989), 1962. (制御された開放性としての「開かれた作品」)
作品から意味が生まれるまでの図。作品の手掛かり、媒体や提示方法、鑑賞者の身体・感情・目的、これまでの経験や文化的な知識が組み合わさり、鑑賞者の中に意味や感情が生まれる。そこから経験や知識へ戻るオレンジ色の矢印は、作品に触れた経験が次の作品の見方を変えることを示す。
図3:作品から意味が生まれるまで 作品の手掛かり、見せ方、鑑賞者の状態、蓄積された経験や文化的な知識が組み合わさって、意味や感情が生まれます。オレンジ色の矢印は、作品に触れた経験が、次の作品の見方を変えることを示します。
たとえば、目のハイライトを消した顔はどうでしょうか。単独で見れば暗い印象の顔ですが、明るく話していた場面の直後に置かれれば、人物の内面に急な変化が起きたと読めます。アニメでハイライトの変化を使う演出に触れてきた人なら、瞳の変化を物語上の手掛かりとして読むこともできます。同じ画像でも、前後の場面や、見る人が身に付けてきた読み方によって、受け取り方は変わります。
受け取り方を左右するのは、物語の前後関係だけではありません。同じ絵でも、美術館の壁で見るのとスマートフォンの画面をスクロールしながら見るのとでは、作品の見える大きさ、周囲の空間、立ち止まれる時間が異なります。作品を受け取る経験は、作品だけでなく、それがどこでどのように示されるかによっても形作られます。
作る側でも、意味はあらかじめ完成しているとは限りません。作者は、素材を試し、偶然のにじみを生かし、書いたものを見直すうちに、自分が何を作っているのかを制作の途中で発見することがあります[4]。受け手が作品から得るものも、言葉だけで捉えきれるとは限りません。音楽が生む時間の感覚や、抽象画の前で立ち止まるときの身体の感覚は、文章だけでは十分に表せません。だからこそ、作品そのものを経験する意味があります[5, 6]。
ただし、受け取り方が複数あるからといって、どんな受け取り方でも等しく成り立つわけではありません。ミステリー小説を料理本として読むことはできますが、その受け取り方を支える材料は作品の中にほとんどありません。作品の形、語順、構図、媒体、ジャンル、歴史的な状況によって、無理のない解釈の範囲は変わります。作者の意図も、唯一の正解ではないとしても、制作の経緯とともに解釈を考える材料の1つです。
読者が書かれていない部分を補いながら作品を形にするという理論、作品には複数の受け取り方があるとする立場、解釈の妥当性は人々の慣習に左右されるという立場があります[24]。作者の意図だけを正解としない議論もあり、それぞれ強調点は異なります[25]。共通するのは、意味が生まれる過程に受け手の働きを含める点です。ただし、作者の意図だけを正解としないことと、作者が解釈に無関係だとすることは別です。制作の経緯や作者が置かれた歴史的な状況は、解釈を考える材料であり続けます。
  1. [24] Stanley Fish, "Is There a Text in This Class? The Authority of Interpretive Communities," Harvard University Press, 1980. (解釈共同体による解釈の方向付け)
  2. [25] Roland Barthes, "The Death of the Author," Image―Music―Text (1977), 1967. (作者の意図と作品の意味の分離)
大きな目、ハイライト、スピード線は、いずれも作る側が用意する手掛かりです。作る側は受け取り方を1つに固定するのではなく、どんな手掛かりを用意し、どんな知覚や感情を呼び起こそうとするかを選びます。一方、図3の戻る矢印が示すように、作品は鑑賞者が持っている読み方を使うだけでなく、新しい構図、記号、編集、ジャンルの決まりを通じて、その後の作品の見方を変えることもあります[7, 8]。それでは、こうして身に付いた読み方は、個人を超えてどこに蓄えられていくのでしょうか。

3. 文化は、新しい読み方を育てる

作品によって変わった読み方は、個人の中だけに残るわけではありません。作品について語り、模倣し、教え、別の作品で使う中で、読み方は人々の間に共有され、文化の一部として受け継がれていきます。作品の作り方も同じように受け継がれますが、ここでは、何に目を向け、何を感じ、次の展開をどう予想するかを方向付ける読み方に注目します。
同じことが、視覚芸術だけでなく、言葉や物語のお約束にも起きています。ファンタジーに親しんだ読者は、「エルフ」や「悪役令嬢」という短い言葉から、作品に書かれていない外見、世界設定、展開まで予想できます[9, 10]。作者と読者が背景知識を共有していれば、作品はすべてを説明する必要がなく、短い手掛かりから、書かれていない部分を読者に補ってもらえます。この意味で、文化は多くを説明しなくても通じるための背景知識として働きます。慣れた読者が短い語から補いやすい要素と、その予想の外し方を一例として整理すると、次の表のようになります。
どの語がどの要素を呼び出すかは、読者、時代、作品群によって異なり、固定した対応があるわけではありません。Web小説の語彙とジャンルの傾向をコーパスから分析した研究[9]と、ジャンルが読者の予想を方向付ける仕組みを論じた研究[10]を手掛かりにしています。ただし、表の具体例は本記事による説明用の例であり、Huangの研究が個々の属性連想(「エルフ」から「長命」を思い浮かべる割合など)や展開の予測を読者実験で測定した結果ではありません。また、これは全員が同じ意味を正確に取り出す仕組みではありません。受け手が自分の知識で書かれていない部分を補うため、人によって思い浮かべる内容も変わります。認知科学では、よくある状況についての知識のまとまりをフレーム(frame)やスクリプト(script)と呼び、会話の研究では、お互いに共有していると考える知識を共通基盤(common ground)と呼びます[26, 27, 28]。ここでいう背景知識は、これらの考えを作品の受け取り方に当てはめたものです。
  1. [9] 黄 晨雯, "ビッグデータとしてのウェブ小説――言語特徴およびトレンド解析――," 大阪大学博士論文, 2022. (日本のWeb小説の言語特徴とトレンドの大規模分析)
  2. [10] John Frow, "Genre (2nd ed.)," Routledge, 2015. (読者の予想を方向付ける枠組みとしてのジャンル)
  3. [26] Marvin Minsky, "A Framework for Representing Knowledge," MIT AI Laboratory Memo 306, 1974. (フレーム。既定値を持つ知識構造)
  4. [27] Roger C. Schank, Robert P. Abelson, "Scripts, Plans, Goals, and Understanding: An Inquiry into Human Knowledge Structures," Lawrence Erlbaum Associates, 1977. (スクリプト。出来事系列の知識構造)
  5. [28] Herbert H. Clark, Susan E. Brennan, "Grounding in Communication," Perspectives on Socially Shared Cognition (APA), 127―149, 1991. (共通基盤と説明量の調整)
語句慣れた読者が予想しやすい要素予想の外し方の例
エルフ尖った耳、長命、森の住人、弓都会で会社勤めをするエルフ
悪役令嬢貴族社会、婚約破棄、破滅する運命、破滅回避破滅を回避せず、断罪後の人生を自ら選ぶ主人公
死亡フラグ「この戦いが終わったら…」の後の戦死フラグを立てて生き残る
こうしたお約束は、作者を縛るだけのものではありません。「悪役令嬢が破滅を回避する」という展開も、繰り返し描かれる中で、読者が予想するお約束の1つになっています。一方、「死亡フラグ」のように予想の仕組みそのものに名前が付けば、読者は「いま予想させられている」と意識できるようになり、作者はその意識の裏をかくこともできます。共有された予想があるからこそ、そのずれが新しい情報になります。予想の外し方も、模倣されれば次の予想になり、さらにそれを外す表現の前提になります[10]。
作品と読み方の相互作用を示す図。伝えたいことに形を与えた作品が受け取られ、批評・模倣・教育で変わりながら共有された読み方になる。その読み方は、次の作品で説明を省き、要素を組み合わせ、予想を外すために使われ、再び伝えたいことへ形を与える。
図4:作品と読み方の相互作用 作品と読み方が互いに作用し、その変化が次の創作へつながる過程を、模倣、解釈のずれ、反復も含めて示します。
作品はさまざまな手掛かりを示し、受け手はすでに持っている読み方を使いながら、ときに新しい読み方を身に付けます。その読み方は人々の間で共有され、次の作品でそのまま使われたり、新しい形に組み替えられたりします。作品と読み方の相互作用が積み重なり、次の創作へつながるこの過程が、本記事でいう「伝え方の研究開発」です。ここでいう「伝え方」は、作者の中で完成した意味を受け手へ移す方法に限りません。作品をきっかけに、受け手の中に知覚、感情、連想、問いを生む働きまで含めます。どんな手掛かりによって何が生まれるかが作品を通じて試されることを「研究」、その手掛かりを模倣し、変え、組み合わせ、別の表現に作り替えることを「開発」と考えます。

ここで「伝え方」を広く取るのは、音楽や抽象画のように1つの文章に置き換えにくい作品や、制作中の偶然から生まれた表現についても、受け手の知覚や感情を変え、その経験が次の読み方や制作に引き継がれる過程を同じ枠組みで扱うためです。作者自身のためだけに作り、ほかの誰にも見せない場合でも、できた形を見て制作を変える局面は、この過程に含められます。一方、完成物の受け取られ方とは別に、作る過程そのものにある価値は、この見方だけでは十分に捉えられません。儀礼についても、参加者の間に共有される経験を生む局面は扱えますが、義務を果たすことや共同体の関係を保つ働きまで「伝え方」だけで説明できるわけではありません。

ここでいう「研究開発」は、計画書やKPIのある企業活動に限りません。1人の作者が目的と方法を定めて進めるものとも限らず、改良、別ジャンルからの借用、制作技術の制約、受け手の反応が、作り手と受け手の間で、また世代をまたいで重なる中で、表現と読み方がともに変わります。研究と開発も、順に進む別々の工程ではありません。アートには、保存、慰め、遊び、熟練の継承といった、新しさとは別の価値もあります。この見方は、アートの価値全体を1つの基準にまとめるのではなく、作品と受け手が互いを変える局面に注目するためのものです。なお、人間の文化をどこまで「積み重なるもの」と捉えられるかについては、研究上の議論があります[29]。

  1. [29] Krist Vaesen, Wybo Houkes, "Is Human Culture Cumulative?," Current Anthropology 62(2), 218―238, 2021. (文化の累積性という通説への方法論的批判)
この研究開発は、新しさだけを価値とする一直線の進歩ではなく、模倣、解釈のずれ、反復も含む文化的な試行錯誤です。そこで生まれた読み方が共有され、次の作品へ受け継がれるとき、文化は「読み方の蓄積」として働きます。
この蓄積は、一方向の進歩でもなければ、全員が同じ知識を持つことでもありません。何を思い浮かべるかは、地域、世代、専門分野、所属する共同体によって少しずつ異なります[11, 12]。読み方は批評、翻訳、パロディー、解釈のずれ、別媒体への移植を通じて変わり、広まっては忘れられていきます。色の分け方のような基礎的な知覚にも、言語や文化による違いが報告されています[13]。
読み方が共有されていると、短い手掛かりから多くを伝えられますが、その前提を知らない人には単なる説明不足になります。どの読み方が共有されるかも、自然に決まるわけではありません。教育、批評、市場、配信サービスの推薦が、何を標準とするかに影響します[14, 16]。人物や集団についてのステレオタイプも同じ仕組みで広まり得ます。説明を省ける便利さと、決めつけや排除につながる危うさは、この仕組みの両面です。
日常の記号が特定の見方を当たり前のものとして広める仕組みや、分類によって特定の人々が見えにくくなる仕組みについての議論があります[30, 31]。作品を理解するための知識は、階級、地域、専門性によって得やすさが異なり、知っている人を有利にする文化的な資本として働くこともあります。教育や推薦は、この偏りを変えられる一方で、1つの見方を標準として固定する力にもなります。ピクトグラムも文化的に中立とは限りません。スカートの形で女性を表す表現は、服装と性別の結び付きという文化的前提を含みます。また、二分法のピクトグラムでは案内しにくい利用者や設備もあります。
  1. [30] Roland Barthes, "Mythologies," Editions du Seuil, 1957. (神話。文化コードによるイデオロギーの自然化)
  2. [31] Geoffrey C. Bowker, Susan Leigh Star, "Sorting Things Out: Classification and Its Consequences," MIT Press, 1999. (分類体系の社会的・政治的効果)
どの表現が文化に残るかは、その質だけでなく、流通や制度にも左右されます。そして、表現の質を測る物差し自体も1つではありません。生成AIによって案を形にしやすくなったことの影響を評価するにも、まず何を「良い伝え方」とするのかを目的ごとに分けて考える必要があります。

4. 伝え方の良し悪しは、目的によって変わる

用途が明確な案内を比べると、伝え方の評価軸が目的によって変わることがよく分かります。伝え方の良し悪しは、情報量や写実性だけでは決まりません。駅で見上げる地下鉄の路線図は、正確な距離や線路の形は描かず、駅の順序と乗換の関係を強調しています。地下を移動する乗客が必要とする情報に合わせて、描かないものと強く描くものを選んでいるのです(図5)。駅の順序と乗換を調べやすい一方、地上の徒歩距離や方角の判断には向きません。
駅の順序と乗換を優先する模式的な路線図は、ハリー・ベック(Harry Beck)がロンドン地下鉄のために設計し、1933年に採用されたものをきっかけに広く知られるようになりました[32, 33]。
  1. [32] Harry Beck, "Railway Map," London Museum Collection, 1935. (London Museum所蔵のHarry Beckによる1935年版路線図)
  2. [33] Transport for London, "TfL History: Our Brand Assets," Made by TfL Blog, 2024. (従来の路線図とBeckの路線図の設計、1933年の公開)
模式図
東京メトロ簡易版路線図から、東京駅周辺を中心とした東京都心部を正方形に切り出した模式図。
実座標図
左の模式図の切り抜き範囲におおむね対応する、東京駅周辺を中心とした東京都心部について、東京メトロ8路線、都営地下鉄4路線、JR山手線の駅を実際の緯度経度に従って配置した正方形の図。
図5:東京都心部の模式図と実座標図 左は東京メトロ「簡易版路線図」から東京駅周辺を中心とした東京都心部を正方形に切り出した模式図です。右は、その切り抜き範囲におおむね対応する地域について、東京メトロ8路線、都営地下鉄4路線、JR山手線の駅を実座標に配置しています。左右で含む路線は異なりますが、模式図が駅の順序と乗換を優先して配置を整理し、実際の距離や方角を大きく変えていることが分かります。
ただし、省略すれば必ず目的にかなうわけではありません。案内の意味は、図形だけでなく、色、配置、設置場所、見慣れた構成など、複数の手掛かりによって支えられています。トイレのピクトグラムでは、人型の違い、色、見慣れた構成を重ねて利用対象を示します。人々はこの対応を、反復、設置場所、標準化を通じて学び、共有してきました[15]。
トイレのピクトグラムを左右に並べた比較。左は青い男性像と赤い女性像で、頭、胴、腕、脚、スカートの形が明瞭に異なる。右は曲線を使った黒い2つの人型で、輪郭は異なるが、左のような服装や色による違いはない。
図6:利用対象を予想しやすい構成(左)と設備との対応が伝わりにくい構成(右) 左は、人型の違い、色、見慣れた構成という複数の手掛かりを重ねています。右は、曲線で抽象化した2つの形を並べた説明用の再構成です。この図だけでは形と設備の対応を推測しにくく、対応を伝えるにはラベル、設置場所、反復など、別の手掛かりが必要です。
地下鉄路線図の例では、駅の順序と乗換を調べる目的に合わせ、正確な距離や線路の形は描かれていません。トイレのピクトグラムの例では、人型の違い、色、見慣れた構成を重ねることで、利用対象を素早く予想できます。同時に、性別と外見を結び付け、利用者と設備を2つに分類する見方も表しています。これに対して、形の違いを中心にした構成では、それぞれの形を区別できても、どの設備を示すのかは、別の説明がなければ伝わりません。
どの手掛かりを残すべきかは、素早く見分けてもらいたいのか、多様な利用者を案内したいのか、既存の分類を問い直したいのかによって変わります。重要なのは単純さではなく、誰にどんな理解、行動、経験をもたらしたいかです。案内では共有された読み方によって素早く行動へ導くことが評価されますが、アートでは、複数の解釈を残したり、違和感によって知覚にかかる時間を引き延ばしたりすることにも価値があります。
見慣れたものを見慣れないものとして提示し、知覚にかかる時間を引き延ばすこと自体にアートの働きを見る議論があります[8]。伝え方の成功指標としては、速度、正確さ、記憶、満足、経験の強さ、新規性など複数のものが考えられ、目的によって使い分けられます。広告、建築、映画、概念芸術には、役に立つことと、複数の解釈を受け入れることの両方があります。何がアートとして扱われるかは、美術館や市場のような仕組みにも左右されます。対象をアートかデザインかのどちらかに固定して分けるより、いま何を目的に評価しているかに目を向ける方が、見通しがよくなります。
  1. [8] Viktor Shklovsky, "Art as Device," Russian Formalist Criticism: Four Essays (University of Nebraska Press, 1965), 1917. (異化。自動化した知覚を遅らせるアートの働き)
何を良い伝え方とするかが決まっても、利用できる手段も、表現のどこに手間がかかるかも、技術によって変わります。その大きな転換点の1つが写真でした。

5. 技術が変わると、表現の課題も変わる

写実的な描写も、自然に生まれるものではありません。平面に奥行きを感じさせるには、遠近法、陰影、輪郭、色彩を扱う技法が必要で、鑑賞者も線や明暗から空間を感じ取る見方を学びます。線遠近法は、そのように長い時間をかけて開発されてきた伝え方の1つです。
線遠近法は、特定の地域と時代で体系化された1つの決まりであり、世界中の描き方の起源ではありません。東アジアの山水画をはじめ、異なる空間表現の伝統が並行して存在します。引用した美術史の研究は、既存の描き方を観察によって修正する繰り返しから表現が発達することと、鑑賞者も絵の見方を学ぶことを論じています[34]。
  1. [34] Ernst H. Gombrich, "Art and Illusion: A Study in the Psychology of Pictorial Representation," Phaidon Press, 1960. (スキーマと修正による描写、写実が学習された技術であること)
写真が変えたのは、外見を正確に記録し、複製するための手間と費用です。1850年代に紙写真が広がると、1枚のネガから同じ像を繰り返しプリントできるようになり、外見の記録は手描きの肖像よりも複製して配りやすくなりました[17]。一方、撮影や現像では写真固有の技能が育ち、写真自体も新しい熟練の場になりました。単に画家の仕事が消えたと捉えるより、絵画と写真の用途、必要な技能、評価される対象が変わったと考える方が実態に近いと言えます。

紙写真では、1枚のネガから数十枚、時には数百枚のほぼ同じプリントを作れました。写真の需要が高まると写真館が増え、公的な記録事業では建築や災害も撮影されるようになり、画像を作る担い手と用途が広がりました。一方、初期の紙写真は手作業の多い媒体で、写真家は気温などに合わせて薬品の配合を調整し、露光、ネガ、プリントの処理によって質感や色調を作り分けていました[17]。複製技術でありながら、材料と工程を扱う個々の熟練も必要だったのです。

また、写真以前の絵画の価値が、外見を正確に記録することだけにあったという意味ではありません。たとえば19世紀のフランスでは、国家が主催する公式展覧会(サロン)とアカデミーが絵画の評価制度の中心にあり、歴史画を頂点とする主題の格付けが組み込まれていました[35]。これは写真以前のあらゆる地域、時代、用途の絵画を代表する例ではありませんが、評価の基準が描写の正確さだけではなかったことを示しています。

複製技術が作品の一回性と、それに結び付くアウラの意味を変えるという、ヴァルター・ベンヤミンの古典的な議論もあります[36]。録音技術と生演奏、活版印刷と筆写にも似た比較ができ、古い技能は消えてしまうとは限らず、別の目的で使われたり、作る過程そのものの価値として残ったりすることがあります。

  1. [17] Malcolm Daniel, "The Rise of Paper Photography in 1850s France," Heilbrunn Timeline of Art History, 2008. (初期の紙写真における複製技術、材料、用途の拡大)
  2. [35] Jason Rosenfeld, "The Salon and the Royal Academy in the Nineteenth Century," Heilbrunn Timeline of Art History, 2004. (19世紀のサロンとアカデミー、ジャンルの序列)
  3. [36] Walter Benjamin, "The Work of Art in the Age of Its Technological Reproducibility," 1935. (複製技術による価値と知覚の再編)
現代アートを前に、「何を見ればよいのか分からない」と感じることがあります。現代アートでは、写実とは異なる問いを扱う作品が広がりました。その背景の一端は、写真が普及した時代にあります。写真は外見の記録を絵画の外へ広げ、絵画における写実の役割を変えました。同じ時代には、画材、交通、都市、展覧会の仕組みなども変化していました。その中で、光や瞬間の見え方を描いた印象派、1つの対象を複数の視点から捉え直したキュビズム、既製品を作品として示したレディメイドは、作品が扱う問いを広げた例です。こうした技術や社会の変化が重なる中で、写実的な表現も続く一方、現代アートへつながる表現の語彙と、作品において評価される対象が増えていきました。
印象派と呼ばれた画家たちは、光や瞬間の見え方、近代生活をそれぞれ異なる形で描きました[37]。キュビズムは1つの対象を複数の視点から捉え直し[38]、レディメイドは既製品を作品として示すことで、選択やアイデアそのものを主題にしました[39]。ただし、写真だけでなく、画材、交通、都市、展覧会の仕組みなどの変化も重なっており、絵画の変化を1つの原因だけでは説明できません。それぞれの芸術運動は時期が重なり、写実も並行して続き、地域や展覧会の仕組みによって別の展開がありました。抽象絵画を例から外したのは、1つの問いだけでは説明しにくく、ほかの例と論点が重なるためです。また、レディメイドの作家を生成AI利用者の直接の先駆者として扱うものではありません。
  1. [37] Margaret Samu, "Impressionism: Art and Modernity," Heilbrunn Timeline of Art History, 2004. (印象派の成立に関わった複数の要因)
  2. [38] Sabine Rewald, "Cubism," Heilbrunn Timeline of Art History, 2004. (キュビズムによる複数視点と画面の再構成)
  3. [39] Nancy Lim, "Marcel Duchamp's Readymades: Celebrating the Centennial," MoMA, 2016. (レディメイドにおける選択、署名、作品としての宣言)
新しい技術は、何を作るのが難しいか、何が作品として評価されるかを変えることがあります。写真による変化は、技術が特定の作業にかかる費用を下げたときに、創作の課題が別の場所へ移ることを示す一例です。同じ観点から、多くの案を短時間で形にできる生成AIを考えると、創作の何が変わるのでしょうか。

6. 伝え方の研究開発から見た生成AI

写真が外見の記録を作って配る手間を変えたように、生成AIがまず変えるのは、案を形にする手間です。この工程が容易になると、制作全体の中で、どこに時間や判断が必要かが変わります。
ここでいう「案を形にする」とは、頭の中の発想から、比較や修正ができる文章、画像、構成などのたたき台を作ることです。生成AIが主に減らすのは、そのための時間と労力です。事実確認、修正、権利処理、技能の習得にかかる手間や、電力や計算資源の費用までなくなるわけではなく、変化の大きさも作業、利用者、モデルによって異なります。また、写真は通常、対象から届く光によって作られますが、生成画像は描かれた出来事が実在した証拠にはなりません。学習データをめぐる同意と補償、作風の模倣、利益の配分など固有の問題もあり、ここで両者を比べているのは、特定の工程を省力化するという一面だけです。
本記事では、その変化を捉えるため、工程を行き来しながら進む制作の過程を「問いや課題を見つける」、「調べて条件を整える」、「案を形にする」、「選び、磨き、検証する」、「完成させて届ける」の5つに整理します。生成AIは、これらのどの工程にも関われます(図7)。
この整理は、創造的な活動を8つの局面に分けて測る24項目のCreative Process Assessment Scale(CPAS)を手掛かりに、生成AIの影響を捉えやすいように、本記事で5つにまとめ直したものです[40]。CPASは2,324人の回答から尺度の構造を検討していますが、本文の5つの区分は、既存の尺度をそのまま紹介したものではありません。実際に制作が進む順序を固定するものでもなく、制作の中では各工程を行き来したり、複数の人や道具で分担したりします。
  1. [40] Yvonne Görlich, "Development of Creative Process Assessment Scale (CPAS)," Journal of Creativity 33(1), 100042, 2023. (創造的な活動を8局面・24項目で測るCreative Process Assessment Scaleの開発)
創作の過程を5つに分けた図。何を伝えたいか、どんな経験を生みたいかという方向が、問いや課題を見つける、調べて条件を整える、案を形にする、選んで磨いて検証する、完成させて届けるという全体を貫く。実際の制作では各工程を行き来する。案を形にする工程はオレンジ色で強調され、生成AIがその手間と費用をまず減らすことを示す。完成した作品は受け取られ、次の問いにつながる。
図7:創作の過程と生成AI 問いを見つけるところから作品を届けるところまでを、5つに分けて示します。実際の制作では、各工程を行き来したり、複数の人や道具で分担したりします。背景の青い帯は、何を伝え、どんな経験を生みたいかという方向が、制作全体を貫くことを示します。生成AIがもっとも直接的に手間と費用を減らしたのは、オレンジ色で示した「案を形にする」工程です。完成した作品は受け取られ、次の問いにつながります。
短時間で多くの案を形にできても、それらを比較し、目的に合うものを選び、誤りがないかを確かめ、完成まで磨くために使える時間まで増えるわけではありません。その能力だけが高まると、制作上の難しさの重心は、案を形にすることから、選択、修正、検証へ移ります。
AIは選択、修正、検証も支援できます。その支援によって、制作のどこに時間や判断が必要になるかも変わります。負担が集中する工程は、作業、利用者、組織、道具によって異なります。
創造性を、既知の要素の組み合わせ、考えられる範囲の探索、その範囲自体の変更に分ける考え方があり、AIはどの部分にも関われます[41]。ただし、AIが目的や価値を単独で決めるという意味ではなく、どの提案や基準を採用するかは、制作に関わる人や組織の判断です。また、自分で基準を決めて選ぶ編集と、決められた基準で出力を検品する仕事は同じではありません。AIによって作る仕事が選ぶ仕事へ移っても、働く人の判断力や技能がおのずと高まり、仕事の意味が深まるとは限りません[42]。この文献は、生成AIと創造的労働の意味を倫理学の観点から整理した概念的研究であり、労働者への影響の大きさを測定した実証研究ではありません。
  1. [41] Margaret A. Boden, "Creativity and Artificial Intelligence," Artificial Intelligence 103(1―2), 347―356, 1998. (組み合わせ・探索・変形としての計算機の創造性)
  2. [42] Thomas Montefiore, Paul Formosa, Sarah Bankins, Siavosh Sahebi, "The Impacts of Generative AI on the Meaningfulness of Creative Work," Journal of Business Ethics, 2026. (生成AIと創造的な仕事の意味についての概念的・倫理学的分析)
制作の負担がどこに集中するかだけでなく、生成AIの効果をどう測るかも問題になります。その効果は1本の物差しでは測れません。作業を速め、個々の作品の評価を上げることがある一方、出力同士が似通ったり、示された例に発想が引きずられたりすることもあります。作業の速さ、1つの作品の出来、作品全体の多様さは別々に考える必要があります。

453人を対象にした無作為化実験では、ChatGPTを使える条件で職業に関連する文章課題の所要時間が平均40%短くなり、評価者による品質評価が18%上がりました[43]。これは大学教育を受けた専門職による短い文章課題での結果であり、長期の制作、事実の正確さ、技能の維持を調べたものではありません。293人が8文の物語を書く無作為化実験では、とくに事前の発散的連想課題(DAT)の得点が低かった参加者で、GPT-4の案を使ったときの物語の新しさや有用性の評価が大きく改善しました。一方、GPT-4の案を使った作品同士は似通いやすくなりました[44]。作業時間、評価者による品質、新しさ、案の数、作品同士の違い、利用者の満足は別の指標であり、1つが上がっても、ほかの指標や長期的な技能まで高まるとは限りません。

60人がチャットボットのアバターの案を考える実験では、画像生成AIを使った条件で最初の例への「固着」が強く、案の数、種類、独創性も対照条件より低くなりました[45]。22種類のLLMと102人を3つの標準化された言語創造性課題で比べた研究では、LLMの回答同士は、人間の回答同士よりも似通っていました[46]。これはモデルが単独で答えた言語課題の集団比較であり、人間とAIの共同制作や画像・音楽を直接調べたものではありません。28研究、計8,214人を統合したメタ分析でも、AI支援による創造性評価の上昇と案の多様性の低下が報告されています[47]。ただし、これは査読前の原稿で、多様性の統合対象は4研究に限られ、収録研究には査読前のものも含まれ、文献の選別も主に1人が担当しています。

一方、異なる背景や創作上の志向を設定した10種類のAIペルソナに物語の案を作らせた実験では、人だけで制作した条件と同程度に作品間の多様性が保たれる可能性が示されました[48]。ただし、これは単一の実験であり、第2段階の検出力にも限界があるため、均質化を常に防げると言い切れる結果ではありません。均質化の大きさは、モデルそのものだけでなく、同じ支援を一律に与えるか、異なる視点を組み込むかという設計にも左右される可能性があります。400万点を超える作品の投稿記録を用いた研究では、AI導入後に平均的な内容新規性と視覚的新規性が下がり、最大内容新規性はわずかに上がりましたが、最大視覚的新規性は下がりました[49]。利用者が自らAIを導入した観察データを差の差法で分析した研究であり、差の差法の仮定が成り立たなければAIの因果効果とは断定できません。

  1. [43] Shakked Noy, Whitney Zhang, "Experimental Evidence on the Productivity Effects of Generative Artificial Intelligence," Science 381(6654), 187―192, 2023. (453人を対象にした、文章業務の速度・品質についての無作為化実験)
  2. [44] Anil R. Doshi, Oliver P. Hauser, "Generative AI Enhances Individual Creativity but Reduces the Collective Diversity of Novel Content," Science Advances 10, eadn5290, 2024. (293人を対象にした、個々の物語の評価向上と作品間の類似についての無作為化実験)
  3. [45] Samangi Wadinambiarachchi, Ryan M. Kelly, Saumya Pareek, Qiushi Zhou, Eduardo Velloso, "The Effects of Generative AI on Design Fixation and Divergent Thinking," Proceedings of the 2024 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, 1―18, 2024. (60人を対象にした、AI生成画像の参照によるデザイン固着の実験)
  4. [46] Emily Wenger, Yoed N. Kenett, "Large Language Models Are Homogeneously Creative," PNAS Nexus 5(3), pgag042, 2026. (22種類のLLMと102人の、標準化された言語創造性課題における回答の多様性)
  5. [47] Niklas Holzner, Sebastian Maier, Stefan Feuerriegel, "Generative AI and Creativity: A Systematic Literature Review and Meta-Analysis," arXiv preprint arXiv:2505.17241, 2025. (28研究を統合した生成AIと創造性のメタ分析。査読前)
  6. [48] Yun Wan, Yoram M. Kalman, "Diverse AI Personas Can Mitigate the Homogenization Effect in Human-AI Collaborative Ideation," Computers in Human Behavior: Artificial Humans 8, 100289, 2026. (10種類のAIペルソナを用いた創作支援と、作品間の多様性)
  7. [49] Eric Zhou, Dokyun Lee, "Generative Artificial Intelligence, Human Creativity, and Art," PNAS Nexus 3(3), pgae052, 2024. (大規模プラットフォームの観察データによる、平均的新規性と最大新規性の変化)
どの軸を優先するかは、自動的には決まりません。AIが評価基準そのものを提案する場合にも、どの基準を採用し、結果をどこまで確かめ、何を誰に届けるかを決める必要があります。こうした判断と結果への責任は、制作に関わる人や組織が引き受けなければなりません。
良い案を選んで完成させても、受け取る人の時間まで増えるわけではありません。受け手の時間が限られたまま、公開されて流通する生成物が増えれば、ひとつひとつの作品は、見つけてもらうことも、時間を割いてもらうことも難しくなりがちです。そのため、作品の見た目だけでなく、誰がどのように作ったかという来歴や、誰を介してどの経路で届いたかも、作品の受け取られ方を左右すると考えられます。
受け取られた作品のうち、語られ、模倣され、保存された一部が、次の作品の読み方を形作ります。何が残るかは、作品の出来だけでなく、受け手の注意、批評、教育、流通、推薦や保存の仕組み、資金、偶然にも左右されます。案を形にする能力だけでは、何が次の作品へ受け継がれるかは決まりません。
ハーバート・サイモン(Herbert Simon)は、情報が豊かになるほど、それを受け取る人の注意は希少になると指摘しました[50]。信頼、人との関係、作品を見せる場も限られており、推薦アルゴリズムは誰が何に目を向けるかを大きく左右します。また、同じ見た目の作品でも、AI製という表示や制作過程の説明によって評価が変わる場合があります[51]。C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)は、制作・編集の来歴を画像などのデジタル資産に結び付け、改ざんを検知できる形で扱う技術仕様を策定しています。仕様では、この技術全体と、各資産に結び付くC2PA Manifestの一般向けの呼称をContent Credentialsとしています[52]。この仕様で検証できるのは、マニフェストが対象の資産と結び付き、署名後に改ざんされていないことなどです。マニフェストに記された内容そのものの真偽、履歴の完全性、作品の出来を保証するものではありません。記録されなかった工程は表示されず、記録がないからといって偽物だということにもなりません。文化の一部として残るかどうかも、作品の出来だけでは決まりません。教科書への掲載、賞、プラットフォームの推薦アルゴリズム、保存のための予算、権利者の方針、翻訳の有無、そして災害や散逸のような偶然が、何が残るかを左右してきました。
  1. [50] Herbert A. Simon, "Designing Organizations for an Information-Rich World," Computers, Communications, and the Public Interest (Johns Hopkins Press), 37―72, 1971. (情報の豊富さと、それを受け取る時間や意識の希少性)
  2. [51] C. B. Horton Jr., M. W. White, S. S. Iyengar, "Bias Against AI Art Can Enhance Perceptions of Human Creativity," Scientific Reports 13, 19001, 2023. (AIラベルが作品評価に与える効果)
  3. [52] C2PA, "Content Credentials: C2PA Technical Specification 2.4," 2026. (Content Credentials Technical Specification 2.4、2026年4月版。署名付きマニフェストによってデジタル資産の来歴を検証可能にする仕様)

7. 作れるものが増えた先で

アニメの大きな目、消えるハイライト、漫画のスピード線は、人の知覚と、作品に触れる中で身に付いた読み方の両方を使う表現の語彙です。作品は完成した意味を運ぶだけではなく、受け手の中に意味や感情を生み、その経験を通じて次の作品の読み方も変えます。表現と読み方が互いに作用し、その変化が次の作品へ受け継がれる過程が、本記事でいう「伝え方の研究開発」です。
生成AIは、作品を作り、受け手へ届けるまでの手間を、とくに案を形にする工程で減らしています。しかし、作れるものが増えても、何を選び、磨き、誰に届けるか、受け取られた作品の何が文化に残るかまでは自動的に決まりません。制作では選択、修正、検証の重みが増し、流通では受け手の注意と信頼を得ることが、いっそう難しくなり得ます。
本記事の執筆にも、その変化が表れています。生成AIが資料の調査、例や反論の検討、構成の設計、文章や図の作成、原稿ファイルの編集までを担いました。人は原稿を直接編集せず、対話を通じて主題、採用基準、公開方針を示し、記事の内容と完成形を決めていきました。
本記事では、人が「アートを伝え方の研究開発として捉える」という主題と中心命題を示し、生成AIが資料、反例、構成、文章、図の候補を作りました。人は対話の中で候補を選び、主張の強さ、引用の射程、図の役割を確認し、修正を指示しました。生成AIは図7の「案を形にする」工程だけでなく、調査、評価、検証にも関わっていますが、どの提案を採用し、何を公開するかという判断と責任は人が引き受けました。これは制作方法の一例であり、この方法が一般に記事の質を高めることを示すものではありません。
作れるものが増えた今、何を選び、どんな経験を生み、誰に届けるかが、これまで以上に重要になっています。その課題に向き合うことが、生成AI時代の創作を考える出発点になるのではないでしょうか。

参考文献

  1. [1] 竹熊 健太郎, Karen Curtin, Satomi Newsom, "'Shape Metaphors' at a Glance!: An Illustrated Guide to Understanding 120 Keiyu in Manga," Electronic Journal of Contemporary Japanese Studies 24(3), 2024. (形喩120種の図解。Karen Curtin・Satomi Newsomによる英訳・解説)
  2. [2] Neil Cohn, "The Visual Language of Comics: Introduction to the Structure and Cognition of Sequential Images," Bloomsbury, 2013. (視覚言語としての漫画の構造と認知)
  3. [3] Neil Cohn, Sean Ehly, "The Vocabulary of Manga: Visual Morphology in Dialects of Japanese Visual Language," Journal of Pragmatics 92, 17―29, 2016. (日本漫画の視覚的形態素の体系性)
  4. [4] John Dewey, "Art as Experience," Minton, Balch and Company, 1934. (制作における行為と受容の往復、完成へ向かう経験としての芸術)
  5. [5] Susanne K. Langer, "Feeling and Form: A Theory of Art," Charles Scribner's Sons, 1953. (命題にできない感情の形式を提示する記号としてのアート)
  6. [6] Susan Sontag, "Against Interpretation and Other Essays," Farrar, Straus and Giroux, 1966. (内容への翻訳としての解釈への批判)
  7. [7] Nelson Goodman, "Ways of Worldmaking," Hackett Publishing, 1978. (記号体系による世界の分類の組み替え)
  8. [8] Viktor Shklovsky, "Art as Device," Russian Formalist Criticism: Four Essays (University of Nebraska Press, 1965), 1917. (異化。自動化した知覚を遅らせるアートの働き)
  9. [9] 黄 晨雯, "ビッグデータとしてのウェブ小説――言語特徴およびトレンド解析――," 大阪大学博士論文, 2022. (日本のWeb小説の言語特徴とトレンドの大規模分析)
  10. [10] John Frow, "Genre (2nd ed.)," Routledge, 2015. (読者の予想を方向付ける枠組みとしてのジャンル)
  11. [11] Umberto Eco, "A Theory of Semiotics," Indiana University Press, 1976. (辞書ではなく百科全書としての文化知識)
  12. [12] Yuri M. Lotman, "Universe of the Mind: A Semiotic Theory of Culture," Indiana University Press, 1990. (記憶と翻訳の生態系としての文化)
  13. [13] Debi Roberson, Jules Davidoff, Ian R. L. Davies, Laura R. Shapiro, "Color Categories: Evidence for the Cultural Relativity Hypothesis," Cognitive Psychology 50(4), 378―411, 2005. (言語カテゴリーと色の記憶・識別の文化差)
  14. [14] Pierre Bourdieu, "Distinction: A Social Critique of the Judgement of Taste," Harvard University Press (English translation, 1984), 1979. (美的判断と文化資本、読み方の不平等な配分)
  15. [15] International Olympic Committee, "The Olympic Pictograms: A Long and Fascinating Story," Olympics.com, 2019. (オリンピック・ピクトグラムの歴史と東京1964)
  16. [16] Daniel Fleder, Kartik Hosanagar, "Blockbuster Culture's Next Rise or Fall: The Impact of Recommender Systems on Sales Diversity," Management Science 55(5), 697―712, 2009. (推薦方式によって、個人の発見が増えても市場全体の販売多様性が下がり得ることを示すモデル・シミュレーション研究)
  17. [17] Malcolm Daniel, "The Rise of Paper Photography in 1850s France," Heilbrunn Timeline of Art History, 2008. (初期の紙写真における複製技術、材料、用途の拡大)